伝統的属人知の継承とデジタル化の融合

序章:問題提起──なぜ日本のDXは進まないのか

デジタルトランスフォーメーション(DX)は、もはや一部業界の課題ではなく、国全体の競争力を左右する命題である。しかし、現実には日本企業の多くでDXが十分に機能しておらず、形骸化や“ツール導入止まり”に陥る事例が後を絶たない。なぜ日本ではDXが欧米のようにスムーズに進まないのか──この問いに対し、従来は「IT人材不足」「レガシーシステムの呪縛」「経営層の理解不足」などが挙げられてきたが、本稿ではあえてその原因を文化と神話的構造に求める。

属人性、家制度、暗黙知といった“日本らしさ”は、西欧的合理主義からはしばしば「非効率」と見なされる。しかし、それらはただの遅れではなく、長年にわたって継承されてきた文化資産でもある。本稿では、日本神話・宗教・社会制度に内在する構造を再解釈し、それが現代のDX推進にどのように影響し得るかを探求する。

第1章:神話の構造と血統の継承──イザナギから天照大神へ

1.1 神話は“文化のOS”である

神話とは単なる空想物語ではない。それは人類の知識が体系化される以前の世界において、社会秩序・倫理・価値観を内包した「行動規範の源泉」だった。日本においては『古事記』『日本書紀』を通じ、自然・社会・統治が神話的に語られてきた。

1.2 イザナギ・イザナミと「男性起源」の神話構造

日本神話の創世では、イザナギが単独で天照大神を生む。これは父系による創造であり、そこから生まれた天照大神が皇統の祖となる。この構図は、「男系による神聖な血統の維持」という思想と一致し、現代における男系男子の皇位継承観にも連なる。ここで重要なのは、“正しき血統の保存”が社会秩序を支える柱となっていることである。

1.3 八百万の神と“属人知”の神格化

日本神話における八百万(やおよろず)の神とは、万物に宿る神性である。山、川、火、風、人──あらゆる存在に「神」が宿り、個別性が尊重されている。これは現代における「属人化された知識」や「個人の経験値」が、単なる非効率ではなく、社会における価値そのものとして捉えられている構造を象徴している。

第2章:宗教的構造の比較──普遍性と継承の発想の違い

2.1 キリスト教と「起源としての女性」

西洋におけるキリスト教文化では、聖母マリアによる処女懐胎が「神の意志」として語られる。この神話構造は、「血統」よりも「使命」「信仰」が重視される世界観を象徴しており、誰もが神に選ばれ得るという普遍主義的価値観に根ざしている。これは個人の信仰や選択が制度より優先される文化構造に通じる。

2.2 仏教と「無の感覚知」

一方、仏教においては「無常」「空(くう)」という概念が中核を成す。あらゆるものは変化し、固定的な実体はないという考えが、日本文化の中では「空気を読む」「形式より心を感じ取る」といった感覚知の価値観として残っている。これは、形式知化されたマニュアルでは表せない「現場の勘」や「場の雰囲気」の重要性につながっている。

2.3 日本文化の“翻訳的知性”と神仏習合

日本は歴史的に、外来宗教(仏教、キリスト教)をそのまま受け入れるのではなく、「神仏習合」や「文化的再解釈」によって日本ナイズ(Japanize)してきた。この翻訳的知性こそ、DXを進める上でも重要な指針となる。

第3章:属人化は本当に“悪”か──日本的知の形式と非形式

3.1 属人化=非効率という誤解

現代の経営論では、属人化は「業務のブラックボックス化」「業務リスクの増大」として排除の対象とされる。しかし日本の現場においては、属人化とはむしろ高度な知識の集積であり、職人技の象徴である場合が多い。たとえば、製造ラインの微調整、顧客の言外の要望把握、チーム内の空気感調整などは、経験に根ざした暗黙知(タキット・ナレッジ)であり、単純なマニュアル化が難しい。

3.2 暗黙知=“現代の神”としての知

日本神話では「言語化されないもの(神・魂・気配)」が力を持つ。現代の職場における暗黙知もまた、「名もなき力」であり、属人化された知識はある種の神格を帯びている。この知を排除するのではなく、“保存し、継承し、呼び出せる仕組み”こそが、DXの本質ではないか。

3.3 “伝える”ではなく“宿す”という知識継承

日本では古来より、技術は「書き言葉」ではなく「目で盗め」「型で覚えよ」によって継承されてきた。これは形式知より身体知・感覚知を重視する文化の表れである。属人知の本質は、“本人と共にある”ことではなく、“方法ではなく文脈に宿る”ことにある。

第4章:日本型DXの設計思想──翻訳・継承・再現

4.1 DXとは「文化の翻訳」である

DXを単なるシステム刷新と捉える限り、属人知や現場文化は常に「排除すべき対象」として扱われてしまう。しかし日本におけるDXは、文化・空気・所作・信頼といった“非デジタル資産”をいかにITに翻訳するかが核心である。

DXとは「技術の導入」ではなく、「文化の再表現(re-expression)」である。

4.2 属人知を“保存し、再現する”方法論

成功する日本型DXには以下の構造が求められる:

① 暗黙知の抽出:インタビュー、動画記録、OJT記録、作業ログなど

② 文脈の記録:なぜその判断をしたか、どんな空気だったか

③ 多重表現:テキストだけでなく、動画、音声、ストーリーなどで記録

④ 再利用設計:検索性、AI応答、ナレッジマップなどで再呼び出し可能にする

4.3 ITは“神話の器”となれるか

神話は口伝で伝えられ、やがて文字化された。今、属人知もITという“現代の器”に収める段階にある。クラウド、AI、RPA、チャットボットなどは、すべて“神を宿す器”たり得る。それは「神話の保存」であると同時に、「文化の未来化」でもある。

第5章:実践提案──日本型DXの設計原則と事例

5.1 設計原則:「排除せず、宿す」

日本型DXは次のような基本思想に基づいて設計されるべきである:

否定ではなく翻訳: 属人化は“非効率”ではなく“個性”として捉える

記録ではなく物語化: 「何をしたか」ではなく「なぜ・どうして・どう感じたか」まで記録する

合理化ではなく共感化: 現場の“温度感”や“判断の揺れ”を再現できるナレッジにする

5.2 現実の実装事例(仮想事例)

製造業A社:熟練工の動作・判断を動画記録+AIナレーション化

暗黙知を体系化してOJT教育に転用

自治体B:ベテラン窓口職員の対応スクリプトと背景判断をチャットボット化

窓口の属人対応を品質ごと再現

5.3 フレームワーク案:KAMI-DXモデル(仮)

Knowledge(知)

Analogy(文脈・背景)

Memory(記録・保存)

Interaction(対話型再生)

→ “神”(KAMI)に知を宿すという意味で命名。

結論:神話と技術の再統合──日本文化の再定義としてのDX

日本のDXは、欧米の合理主義をコピーすることで成り立つものではない。それは、日本が育んできた“文化としての知”──神話、属人知、感覚、血統、場の空気──をITという器に移し替え、再び宿らせる営みである。

伝統は壊すものではなく、翻訳し継承するもの。

ITはその翻訳機であり、神話の継承者となり得る。

そのとき、DXとは単なる変革ではなく、文化と技術の再統合=現代の神話再創造として立ち上がる。

日本は、その道を世界に示せる独自性を持っている。

最後に・・・

本稿は、神話的構造と文化的伝統を象徴的に捉え、現代のデジタルトランスフォーメーションに接続する試論である。

歴史的事実や制度論、技術論の精密な検証に立脚したものではなく、

あくまで思想的・比喩的構築によるフィクションとして読まれることを前提としている。

本稿の目的は、理論の正否ではなく、「文化を翻訳し直す視点」を提示することにある。

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